FPウレタンパネル専門店

 〜弊社はお客様の大切な住宅(資産)を長く守り、
  安心して快適かつ経済的に住んでいただける為、
  断熱材にこだわります〜

〜社長物語〜

「親に敷かれたレールなんて絶対歩くものか!」
わたくし実は、家業を継ぎたくありませんでした。
俺には『役者か学校の先生』という夢がある!

大学を卒業すれば教員免許は取れるが、このまま役者になる夢はあきらめるべきか?
大学1年生の時、人生の岐路に立ちました。

数件、芸能事務所のオーディションを受け、下北沢や渋谷をうろちょろ歩きまわればスカウトマンから声をかけてもらえて、すんなり役者になれるのではないか?浅はかな考えのまま東京の友人宅へ押しかけていきました。
スカウトが来たら学校の先生になる夢は諦めて、役者になろう!!
何日か東京で過ごしたものの、そんな夢のような話は、存在しませんでした。

それから数カ月後のことです。
オーディションを受けた事務所から「付き人見習いをしながら、実習生として住み込みで働く気はないか?一カ月後に東京へ来るように。」と連絡が届いたのです。

まさに天に昇る気持ちでした。
それと同時に考えたのは、親父の事です。

私の親父は、中学校を卒業後、大工に弟子入り。
人一倍金槌をふり、親方に認められ20歳には現場棟梁になりました。
22歳で(ちょうど私が生まれた年に)独立。今の小嶋建設をつくりました。

職人気質の親父は、それはそれは怖い存在で、ティファールの湯沸かし器よりも速く沸点を迎えます。

東京に行くためには大学を退学したいと親父に話さなければいけません。覚悟を決め、実家に帰りました。
その時の出来事です。

ちょうど私の中学時代の恩師の家を建設中で、そこの現場に私の同級生が大工の見習いとして働いていたこともあり、陣中見舞いのつもりで工事現場へ行きました。たまたま現場を見にいらしていた恩師と再会しました。

「いや~、英嗣。世話になってるな~。でも、小嶋建設で建てて本当に良かったよ。出来上がるのが毎日楽しみでさ~。」と満面の笑顔でおっしゃいました。

それを聞いた瞬間「自分が継がなければ、会社はどうなるんだろう?先生の家は、誰が見ていくんだろう?」と。

今叶えようとしている役者という夢は、たくさんの方に希望を与える素晴らしい仕事。
しかし、「家」は住む家族の夢を叶えるもっとかけがえのない仕事なのではないか!?と。
親父を信頼して家を建てた方の為にも、息子である自分が守っていかなければいけない。
この時、ずっとモヤモヤしていたものがスーッと晴れていくように気持ちが固まりました。

それから大学を無事卒業し、仙台の中堅ゼネコンに現場監督として就職しました。
その会社は公共建築やマンション等の大型建築がメーンで、1年目の私は小学校の現場に配属されました。

とにかく早く仕事を覚えたいと意気込んでおりました。

朝6時には現場中のジェットヒーターに灯油を入れ、事務所の掃除をし、7時に所長が来るころには準備を終え、すかさずコーヒーを入れる。
塗装屋や型枠大工さん、鳶さん等業者の手元(お手伝い)をしながら現場をチェック。
夜は、現場の写真整理、施工図面の作成。毎日めまぐるしく過ぎていきました。

3か月後に完成した時、所長から「自分の造った建物が何十年もずっと残っていく。素晴らしいだろう?だから造り手として誇りを持って仕事するんだぞ!」と言われた時は、達成感と充実感であふれていました。

それからいくつかの現場を任され、工事をしていくうちに“お客さんの顔も知らないで造り続けるより一軒一軒お客さんから要望や、夢を聞いてそれを形にしていきたい”という思いが湧いてきました。

少しして親父から「人手が足りないから戻ってこないか?」と連絡があり、いよいよ五所川原に帰ってくることになりました。

この時初めて『FPの家』という存在に出合ったのです。



私が実家に戻ってきたことを知った親友が「家を建てたいから話を聞きたい。狭いけど家で飲みながらどうすればいいか教えてくれないか?」と電話をくれました。
彼は、5歳と3歳になる娘と奥さんの4人暮らし。
だいぶ遅くなったこともあり、その日は泊めてもらうことになりました。
寝静まった頃、隣の部屋からしばらく咳が聞こえたのです。

翌朝、奥さんに「大丈夫?」と聞いたところ、「実は子供2人とも喘息持ちで、薬は飲んでいるんだけど、夜になると咳が止まらなくなることもあるの」というのです。

直感でこれは、家が起因しているアレルギーだと思いました。窓枠には結露が発生しているし、きっとカビやダニも発生しているだろう。換気も充分ではなさそうだし、一刻も早く親友家族が健康に過ごせる場所を提供しなければならない!これが私の使命だ!!と。

4ヶ月後、親友の家は完成し、引っ越しも無事終わりました。

しばらくして、親友から連絡が来ました。
「住み始めてから娘2人とも、喘息の症状が出なくなった。夜ぐっすり眠れてるし、妻も感謝している。走り回る子供を見て、毎日幸せだ。本当にありがとう」という話でした。

その時私は、胸が熱くなり、改めて『FPの家』に出合った感謝と、家づくりに対する大きな誇りと責任を感じました。

『暮らしを変える 未来をつくる』
私達 小嶋建設は、家づくりを通しお客様の豊かな暮らしを創造します。
株式会社小嶋建設 代表取締役社長 小嶋英嗣